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「カラマーゾフの兄弟」続編と「屍者の帝国」

以下「屍者の帝国」および「カラマーゾフの兄弟」に関するネタバレがある。

 

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)

カラマーゾフの兄弟1 (光文社古典新訳文庫)

 

 

カラマーゾフの兄弟」(亀山郁夫訳)と「『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する」を読んだ。

屍者の帝国」 でアリョーシャが自らを生きながら屍者爆弾にすることでクラソートキンと共にロシア皇帝暗殺を謀るという話やネクロウェアの技術を用いて父祖アダムの肉体的復活を行うという話が出てくるんですが、これらは亀山訳「カラマーゾフの兄弟」5巻の解題に出てくるんですね。驚きました。

(まぁ皇帝暗殺あたりは亀山氏だけでなくドストエフスキー研究の予定調和みたいですが)

屍者の帝国」の方を先に読んでいたため、父祖アダムの復活とか大ネタにも使えそうだなと思っていたんですが、作中だとそれは思考実験だけで終わってしまうんですね。(まぁ作中での"現実"的にミイラ状態で肉体が見つかっても屍者にはできないでしょうが)

円城塔はバシバシとネタを放り込んできてああでもないこうでもないという感じで、まぁそれが作風でもあるんだけど、こんなことをさらっと書いちゃうのはもったいないなと個人的には思ってたんですが、亀山訳を読んでなるほどと思いました。そりゃ同じ内容を大ネタには使えない。

まぁそれは置いておくとして、この"父祖の肉体的復活"というアイデアはそもそもドストエフスキーがニコライ・フョードロフという人物から影響を受けたものであるらしい。

このニコライ・フョードロフ(1829~1903)という人物、死後に弟子たちによって編まれた「共同事業の哲学」という本の中で、死を人間の根源的な悪とみなし、その克服にキリスト教の教義はあると述べていた。

 死を避けがたい宿命とみなすことなく、自然界を統御することで死を克服し、ついには「死んだ父祖たちを甦らせる」ことにキリスト教の真の復活の意味はあり、その延長線上に、ゴルゴタで十字架に架けられたキリストの肉体的復活は可能になると考えた。そして男女の性愛は、この大いなる事業の実現を阻むものとして否定された。フョードロフは、この復活の事業を成し遂げる原動力として祖先崇拝を挙げ、同胞が力を合わせることを訴えた。

 フョードロフが「共同の事業」として残したプロジェクトには、驚くべきアイデアが披露されていた。そのもっとも偉大な理念の一つが、散乱した死者の分子を集めて新たに人間を合成するという、現代にいうクローンにも似た発想であり、また、彼の自然統御の理念は、のちにロケット工学の父ツィオルコフスキーのロケット開発のアイデアに道を開いた。

 ドストエフスキーは、次のように手紙に書いている。

「その思想家のなかでもっとも重要なのは、疑いもなく、かつて生きていた祖先たちを復活させる義務ということです。その義務は、もしそれが果たされたならば、生殖ということが停止され、福音書や黙示録で最初の復活として示されていることが起こることになります」

「死が克服され、……祖先たちは単にわれわれの意識のなかで比喩的に甦るのではなく、実際に、具体的個人として、現実に肉をまとって復活するのだと、そのまま文字どおりに考えているのでしょうか……。この問いに対する答えはぜひ必要です。さもないとすべてが不可解になります」

 『カラマーゾフの兄弟』の草稿には次のような一文を見ることができる。

「われわれはよみがえり、全体的な調和のなかでたがいを見い出すだろうという信念。先祖たちの復活はわれわれにかかっている」

そして今日、何人かの研究者によって『カラマーゾフの兄弟』のフィナーレで、アリョーシャが十二人の子どもたちと唱和する美しい場面が、ほかでもない、このフョードロフ哲学へのオマージュであるとする見方が提示されている。死んだ少年が埋めてほしいと願った石のそばでアリョーシャは次のように語る。

「きっと、ぼくらはよみがえります。きっとたがいに会って、昔のことを愉快に、楽しく語りあうことでしょう」

 

ぼくはキリスト教のことはよく知らないんですが、セックスは忌避すべきもので、生殖が不要になればすぐにでも捨て去るべきみたいな考えなんですかね。このあたりの考えは面白い。現実問題として人口増加などを考えれば不死と生殖って両立は難しいのかもしれませんが、それは社会全体の話であって、(特に思想のない)個人からすれば不死(死んでも復活できる)になりたいし、セックスしたいし、子どもも作りたいと思うんでしょうけどね。

 

亀山氏の「カラマーゾフの兄弟」の"第二の小説"予想はなかなか面白かった。以下はその要約。

クラソートキンはキリスト教の精神をもった社会主義者へと成長し、革命結社を組織し、鉄道爆破でロシア皇帝暗殺を企てる。クラソートキンはその結社の長にアリョーシャを据え、「新しい皇帝」として担ぎあげようとするが、本人に拒否される。皇帝暗殺計画がバレて、クラソートキンは結社のメンバーであるカルタショフが密告したとして自殺に追い込む。クラソートキンは逮捕され、裁判が開かれる。アリョーシャが証言台に立ち、最終的に皇帝からクラソートキンへ特赦が下る。クラソートキンは獄中で生きていく。

話が前後するが、アリョーシャは「カラマーゾフの兄弟」より数年後にリーザと結婚するが、リーザは結婚前にすでに子どもを宿していた。この子どもの父親はイワンで、後にアリョーシャはそれを知り、キリスト教異端派やグルーシェニカへと接近していく。ちなみにクラソートキンはニーノチカと結婚している。

という内容。

カラマーゾフの兄弟」は父殺しの小説であったが、第二の小説も皇帝暗殺という"父殺し"の小説になる予定だったみたいですね。

亀山氏の言に従えばイワン─スメルジャコフの関係がアリョーシャ─クラソートキンで再演されるということなんでしょう。

亀山氏は書いてなかったのだが、確かに氏の言う感じに読み解いていけば、イワンが教会での会合の帰りにマクシーモフを突き飛ばすのは、なかなか示唆的だなと思う。ミーチャが開く宴会で道化を演じるマクシーモフを見れば分かるように、マクシーモフはフョードル死後のフョードルの分身役なわけで。そしてミーチャはマクシーモフがグルーシェニカの家に住み着いても一向に気にしていない。

他にもアリョーシャの周りに集まる子どもが12人であったり、アリョーシャの13年後の年齢がイエス・キリストの死んだ年齢だったり、いろいろとなるほどなと思うところがあった。

まぁなんか俗っぽいことを言いますと、アリョーシャがテロリストになって死刑になるシーンが描かれていれば最高に盛り上がっただろうなという感じはしますね。

あと、亀山氏の予想ではクラソートキンがアリョーシャに革命結社の長を打診した時に、ニコライ・フョードロフの思想やキリスト教社会主義やウラジミール・ソロヴィヨフの終末主義や「神人論」や異端派の教義について2人は激論を交わすということになっていて、それは読んでみたいなあと感じた。

鞭身派とか去勢派とかも踏み込んでいくと面白そう。

 

そういえば、クラソートキンの父親は秘密警察に殺された(?)みたいなことを亀山氏が示唆してたと思うんですが、「屍者の帝国」ではその秘密警察、ロシア官房第三課にクラソートキンが勤めてるわけで、なんか最高にB級という感じがしますね。そしてアリョーシャを生贄にし、クラソートキンが直接皇帝に引導を渡す。ウーム、最高にB級だ。

 というわけで、「屍者の帝国」文庫版が11月6日に発売されます。みんな買おう。

俺は「ディファレンス・エンジン」の差分事典みたいに巻末に用語集が載ると信じてるからな!

 

追記:

有志が作ってくれた「屍者の帝国」用語集確認してたらニコライ・フョードロフって本編でもちゃんと触れられてたっぽいですね。まぁそりゃそうか。今手元にないので確認できない……週明けに文庫版を買おう……


屍者の帝国 用語集V - 妄想科學倶楽部

屍者の帝国 (河出文庫 え 7-1)

屍者の帝国 (河出文庫 え 7-1)

 

 

『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する (光文社新書)

『カラマーゾフの兄弟』続編を空想する (光文社新書)