人間が折り重なって爆発した

人間が折り重なって爆発することはよく知られています。

ヴ日記2

二週間に一回くらいブログ書こうと思ったら前回から一ヶ月以上空いた。何もかも終わりだ。

・「日本海軍地中海遠征記」

片岡覚太郎という主計官(主計中尉)が第一次世界大戦におて地中海に駆逐艦「松」に乗って遠征した時の日記。第一次世界大戦のしかも青島ではなく地中海へ戦闘の記録なので、普通に手に入る記録だとかなり珍しい部類なのだと思う。任務としてはイギリス・フランスの求めに応じて地中海において物資や兵員の輸送船の護送を請け負うというもの。ドイツの潜水艦が輸送船を襲うので、「松」はもう一隻の駆逐艦とともに一隻の輸送船を護送するというスタイルで何度も任務をこなす。潜水艦の潜望鏡や航跡を見つけたら近づいて潜水艦が進むであろう場所に爆雷を投下していく。もちろん逆に潜水艦に魚雷を撃ち込まれて相棒の駆逐艦「榊」は沈み戦死者も多く出る。魚雷を撃ち込まれて沈みそうになる輸送船から乗員を救助したり、その最中にさらに魚雷をやってきて、みなが悲鳴を上げるところは個人的にはかなり引き込まれた。潜水艦と輸送船が十分に離れていてしかも魚雷が目に見えるスピードなので、それは十分に人間に認知できる死の恐怖である。例えば、一昨年くらいにあった大阪の駅ビルからの飛び降り自殺の動画で、撮影者や周りの人間が悲鳴を上げてもなお、その自殺者は空中にあったことを思い出す。救助中の船は動けないし、人々は骨折するのも構わず輸送船から次々に駆逐艦に飛び降りようとする。魚雷は救助する駆逐艦を狙ったものだったが微妙にそれて輸送船に命中、輸送船からクレーン?で釣ってあった乗員を乗せたボートが吹き飛んで、死体が駆逐艦の甲板に落ちてくる。人間が認知できるが、対処できない悲惨の速度。凄惨な話はあるものの、多くは寄港した港で観光する話などが多い。パリやエジプト、その他地中海沿岸をいろいろと見て回る。観光するとひたすら絵葉書を買う。海がシケて横揺れがひどく飯が炊けなかったり、部屋が水浸しになって机の上で寝たりとか、いろいろエピソードがある。風向きや運転の仕方で甲板上の降灰がひどかったりとか。スコールが降ると石鹸を持って甲板に飛び出す。地中海へ向かう途中でロシア革命が起こる等。戦前の日記なんかでよく出るがナポレオンの話とか。偉大な人物としてムハンマド・アリーの話なんかも出てくるのは面白い。駆逐艦は30ノットくらい出せるのだが、輸送船がトロくてやきもきするみたいな描写はところどころ出てくる。任務中はひたすらジグザグに航行する。巻末の解説あとがきに「今のマルタ島にどうしてこんなに蒙古斑の赤ちゃんがいるのか不思議だったんだが、きっと日本の艦隊が根拠地にしてたからですね」みたいな話があるのは笑ってしまう。(もちろん本書の日記内にそうした内容は存在しない)

・「地図と領土」

再読した。このタイトルってボードリヤールからきてるんですかね? ウエルベック殺害シーンは部屋中が犬とウエルベックの肉と血で覆われるが、これは明らかに「セロトニン」「ある島の可能性」「闘争領域の拡大」(ラスト部分)のバリエーションの一つなんだろう。そしてそこでは犬とウエルベックが肉を通して混交する。もちろん、世界との融和みたいなのは果たせてなくて、それはウエルベックの死に顔(キレ顔)に示されている気はする(そもそも他殺ではある)。生家のような田舎家でノスタルジーに浸って自分の世界に引きこもって死ぬみたいなやつで、セロトニンが一番近い。ウエルベック自身が主人公を迎える「ポトフ女」(ノスタルジーの象徴でもある?)にもなってる。個人的にはバラードのクラッシュ的なアレな感じを思い出した(生前果たせなかった混交が云々)「デジカメの撮影モードには『赤ちゃん1』『赤ちゃん2』『夕焼け』とかがあるのに、どうして『老人1』『老人2』『葬式』みたいなのがないんだ」みたいに言うシーンは良い。

・「ノルウェイの森

主人公が瀕死状態でほとんど喋れない緑の父親の前でひたすら喋りまくるシーンが良い。そして最後に「ピース」と言う。ラップかよ。このシーンがこの小説で一番面白い。こちら側に帰ってくるのは結局レイコさんで、そういう意味ではこの小説をレイコさんの話として読むことは可能なんだろうと思う。最後に直子の服を着てきて主人公とセックスするのは露骨だけど良い。そこで再生する。村上春樹の作品は二つの世界に分かれてることは多く、「ノルウェイの森」もこちら側と向こう側があり、結果的にそれは上手く接続せず、こちら側はこちら側で、向こう側は向こう側で完結する(部分的には、つまりレイコさんは接続する)という感じ。村上春樹の作品を読んでると、だいたい過去の場所としての神戸、現世としての東京、冥界としての北海道、という感じ。今作でも最後にレイコは京都の精神病院を出てもう一つの冥界としての北海道へ行くわけで。彼女はすでに失われてしまった人間で、主人公という現世の接点を通して再び冥界に行く。京都の精神病院で医者か患者か分からなくなってるとこや、医者がひたすらRPGNPCみたいに同じ話を繰り返すところが良い。主人公は突撃隊を馬鹿にして会話のタネにするし、レイコは精神病院内の人間を馬鹿にして話のタネにする。

有川浩自衛隊三部作

「空の中」が抜群に面白い。ガメラ雪風ソラリス。ペイントで<白鯨>に色付けて着陸するところはかなり興奮した。<白鯨>が分裂した後に再統合する際に多重人格(解離性同一性障害)のカウンセリングとして見立てるのは面白い。グッドラック雪風が出てから1、2年後くらいっぽいのでおそらく参考にはしてるだろう。主人公がフェイクを育てるのは完全にガメラ3。電波でやりとりするのはガメラ2っぽい?エディアカラ生物群という設定は流石に無理があるし、ミサイルをぶつけられて普通に分裂するだけで済むとは思えない。ただまあ、作者が自分の思いつける範囲で種明かしとするか、納得がいく説明を付けられない場合は説明を放棄して例えば宇宙生物とかにしてしまうか、どちらかが作者として誠実な態度かはよく分からない。あとがきで「大人のラノベを書きたい」とあるので、まあそういう落とし込み方はありなんだろう。人物描写も割とそういう感じの描き方である。高等な知性をもつには世代交代と生存競争が必要だと思うし、どうやって電波を発したりステルス性能を身に付けたり、そもそもどうやって飛んでるのか謎だし、光合成つったってミネラルはどうやって補給してるんだよという話だし、まあそういう感じです。地球に隕石が落ちて塵が舞ったから光合成するために飛んで雲の上に出た、というのはちょっと論理的だったが。人間の道理が通用しない異知性のフェイクが主人公に愛着をもつのもよく分からんし。個人的にはまたブラインドサイトを読みたくなった。人間のミサイル攻撃によって分裂された白鯨が、再び人間の言葉によって再統合されるのは面白い。特に白鯨が相互に意見のすり合わせができない、みたいなのは面白い。白鯨を太平洋上に出して米軍にミサイル攻撃してもらうのはかなり現実的な理に適ったやり方な気がするし、「某国が本土にミサイル攻撃するから」みたいな前置きも別にいらない気がする。コロナ禍を知った後だと、民間人に死人を多く出し、日本全体で電気を使わない地下生活というのは恐ろしいほどの(政府への)鬱憤を国民感情に貯め込むだろうし、話としてはもっと酷くはなりそう。なんというか、東日本大震災阪神大震災は結局のところ、局地災害だったんだろうな、とは思う。あと、普通にフェイクと主人公を政府が保護するだろ。

「海の底」は大森望のあとがきに全部書いてあり、特に言うことはない。有川浩平成ガメラ好きと書いてある。一五少年漂流記と中学生日記というのはそう。なんかお子様連れや子供に恨みでもあんのかなっていうくらいネチネチした書き方してる感じもする。「空の中」の方がスパッとしてて良い。日本の機動隊の「スターシップトゥルーパーズ」という感じ(大森望は映画「300」と書いてた)。レガリスの説明はある程度理に適ってはいる? まあ巨大化はどうなんだろう。謎解き(設定開陳)の快感要素は薄い。レガリスとのコミュニケーションはなく、駆除である。警察の銃は効かないが自衛隊であれば火力過剰になるとか、電気柵とか。ゾンビ映画っぽい感じもある。電気柵でいえばトリフィドがパッと思いつくが。あと、これは日本の(リアル寄りの)怪獣映画に通底する話だが、憲法自衛隊(と警察)と米軍の関係性がある意味では特殊過ぎるんだろうなという気はする。それを描くことは日本においては社会派であることは間違いないし、面白いんだけど、海外に発信する時ってどうなるんだろう。一番良かったシーンは、海自の兄ちゃんが夜中の潜水艦の中で死んだ上官の腕が入った冷蔵庫の前で手を合わせているところ。親が夜中に起きて台所に向かったら娘が暗い中で冷蔵庫を開けて中身をボーッと眺めてる、みたいな不気味エピソードっぽい要素も感じる。ある意味では、自衛隊の兄ちゃんの善で純粋で直情径行な性格が、異常なシーンを形成する。米軍が自分たちの基地が占領されたとはいえ爆撃みたいなことを実際にやるんだろうか?

塩の街」はなんか文章がこなれてないし、内容もあまり面白くない。編集者や選考委員がこれを読んで二作目の「空の中」を書かせたのはマジで先見の明がある。「結晶世界」とか「トリフィドの日」とか。伝染暗示とかほぼ塩化ナトリウムで構成される生物って何? 有川浩はなんか社会人や中学生くらいの恋愛や人間関係にこだわりがあるのかもしれないが、個人的には特にないので、SF設定や描写に面白味がないなら特に読む必要を感じない。あと、「塩の街」は文章がブロック化されてなくてちょっと読みにくい。「空の中」「海の底」はそのあたりがしっかりブロック化されてるというか、設定ブロック、会話ブロック、みたいなのがはっきりしていて読みやすい。

・「毒ガス帯」

表題作だけとりあえず読んだ。かなり露骨に1910年のハレー彗星騒動を小説化しましたみたいな内容だった。毒性のエーテル帯に地球が突っ込むみたいな話なんだけど、チョウセンアサガオの毒の症状っぽく言われたり笑気ガスっぽく描写されたりするのは面白い。あとやはりドイルなので普通に面白い。しかしなんというか、毒性エーテルが宇宙からやってくるなら逆に標高が高い場所の方が被害ひどいんじゃねとか、密閉すれば毒性エーテルの被害を防げるみたいなのもかなりフンワリした設定っぽい。まあ1913年のエンタメ小説に言うべきことではないんだが。普通に使用人とか無視して主人公ら五人が部屋にひきこもるのは倫理観に笑う。生存者の婆さんが鉄道の株の配当で生きてて、鉄道会社のことを気にする。学校の周りで教師に見捨てられた子供が折り重なってたくさん倒れていたり、最期の瞬間に教会にみんなが集まっていたりするのは良い。そして教会の鐘を鳴らして生存者を探すとか。まあ、そのような。